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3日目. キミノヒ・トミは1万ボルト
キミノヒ・トミが右手を出して来た。
久麗爺の頭に閃いたのは、若い頃に習った柔道である。一本背負いで投げ、相手の体を支えて、さやしく着地させる。そして、右手を頭にのばして角飾りを取る・・・ジ・エンド。
ここで注意したいのは、久麗爺が習った柔道は現代のものとは違う事だ。相手が出して来た右手の手首を左手でつかみ、ひねって逆に極める。こちらも身を沈めながら踏み出し、右手で相手の右脇下をつかみ、右肩を極める。そして、体を密着させて背負いに投げるのだ。ロシアのコマンドサンボでは似た技があるが、現代の柔道オリンピックルールでは完全な反則技である。よい子は決してマネをしてはいけない。
1964年の東京オリンピックで柔道が競技として採用された。が、学生ルールでは柔道の神髄は伝わらない、と柔道界から反対意見が多く出た。しかし、時は流れて、オリンピックルールが現代柔道の本流となった。
キミノヒ・トミの手が20センチの距離に迫った。やや腰高、両の足がそろっている。
久麗爺は身を低めながら踏み出した。右手と左手を同時に出し、相手を捉える作戦だ。
手が触れようとした・・・その瞬間、バチッ、火花が飛んだ。
全身の筋肉が意思に反して動き、久麗爺は倒れた。叩き付けられた、と感じるほどの衝撃だった。目の前が暗い、耳鳴りで何も聞こえない。
腹筋が動かない、横隔膜も動かない、久麗爺は息が止まってしまっていた。しかし、数秒すると、大きく腹が動いた。あっあっ、なんとか息をして、全身の強張りを解こうとする。
ゴロリ、仰向けから俯せになれた。深呼吸して、平衡感覚を取り戻す。
両目を開き、視界に異常が無いのを確認して、ゆるりと久麗爺は立ち上がった。さっきの衝撃を自己分析、三船久蔵が試合で一度だけ使った幻の技、空気投げを考えた。しかし、何かが違う。
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