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「香澄と同棲を始めた頃にはもう向こうとの関係は終わっていたようなもんだったけど、本当はあの日、妊娠していたことが分かったんだ。もちろん、とっくに会うこともなくなっていたから、俺が相手じゃないことも分かってた。でも、ほかに頼る人がいなかったって」 「…私には、頼る相手がほかにいたと思ってたの?」  なんの話をされているのかちっとも分からなかった。裏切られた、と思って半ば強引に泣きはらして怒鳴り散らして彼を追い出した私は、涙も嗚咽もかれ果てた。あれからずっと、記憶の中の、まだ私が何も知らなかった頃の彼と同棲をしてきたというのに。 「俺がいなくても、やっていけると思ったんだ。職場でも香澄の働きは認められていたし、中途半端に家庭のようなものを放り出した俺の方こそ、そんな香澄に気後れしてた」  どんな顔で、どんな声でそんなことを言えるんだろう。途端に浮かんだそれらは、今までずっと、どんなものよりも私を占めてきた彼と同一人物だなんて到底思えなかった。  何もかも途中で投げ出す癖を直すことが、彼の隣にいられる第一歩だと思っていた。そのためだけに、中途採用でも周りに後れをとらないように頑張ろうとやってきた。いつの間にか、彼がいなくなっても彼に見合う女になるために生きることが行動理由になっていた。     
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