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「はっはーん。さては、孝文さんの影響?いつも時間にきっちりしてるって言ってたもんね」 「そんなんじゃないって」  油絵に描かれた、山の中のコテージと傍らの後ろ姿が浮かんだ。小さな点みたいに描かれた後ろ姿が、それでも女性なのだというのは私しか知らない。あの絵を孝文が描いたのは、私たちが付き合いだして半年くらい経った頃だった。 「今でも絵、描いてるの?」  橋からすぐの喫茶店に向かいながら、美加子が口を開いた。美加子と会うのもそういえば一年ぶりだ。 「ううん、今は」  美大で磨いた腕も社会に出るには不要と判断し、立派にサラリーマンをしていた彼が社会に出てから今まで描き上げた絵は、私の知る限りたったの数枚だけだった。玄関、トイレ、居間に寝室。各所に木の額に入れて飾ってある。 「そうだよね。仕事しながら油絵を描くって、なかなか難しいもんね」  納得したように美加子は頷いていた。結婚は私が会社を三年続けられたらにしよう、と決めたことは美加子も知っている。諦め癖が付いていて、男性ほど仕事に重点を置かなくてもいいと思っていた。そんな自分がどこかで恥ずかしくて、そんな時に出逢ったのが孝文だった。別の部署に若くして部長になった人がいるとは聞いていたが、名前しか知らなかった。 「あれ、煙草。吸うんだね」     
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