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 喫煙室で午後の一服をしているときに、ぽつりとそう声を掛けられたのがきっかけだった。同じフロアの女子社員で煙草を吸うのは私と経理のお局さんくらいなもので、正直肩身が狭かったからか、その声は自然と私の身体を強張らせた。狭い室内で、二人きり。 「今年入った子だよね。休憩くらい力抜いてた方がいいよ。疲れちゃうでしょ」  こんな風に気が遣える人もいるんだ、と思っていたら、それが噂の敏腕部長だと知ったときは驚いたものだった。物腰の柔らかな雰囲気に似つかわしくない強い意志を宿したような眼差しが鮮明に胸に残った。それも、もう二年半も前のこと。あと少しで、約束の三年が経とうとしていた。  私たちは窓際の席を陣取って、昔と変わらぬ注文をしていた。美加子がレモンティーで私はアメリカン。店内はまだネットビジネスをしているらしき若者の姿が目に入った。哲学や名言、自己啓発本からの引用みたいな言葉を交えてマインドコントロールしながら仕事の説明をしている人たちと、いつの間にか真剣に聞き入る相手と。その姿が、昔の私たちを彷彿とさせていた。 「懐かしいね、まだやってるんだ。ここ、みんな使ってたもんね」  そんな彼らに目をやりながら美加子が零す。 「巽くんがお客さんと話してるの見たときは変な感じがしたけど、もうみんなやめたんだよね」     
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