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 生まれつき視覚をもたないアンは、生活に支障を来さない程度に健常者の視覚を再現する技術に頼って、〈神様の胃袋〉以前の世界を生きていた。いわゆる「疑似視覚」しか持たない彼女は、世界を極めてフラットなものだと言い張っていた。パラグライダーに乗せてみても、これっぽっちも心動かされる様子を見せなかった。 「気持ちは嬉しいけれど、私はあなたのところには行けないわ。同じ景色を見ても、そこに宿っている美しさまでは、私には知覚できない」  〈神様の胃袋〉に溶かされるその時も、彼女は感動することを諦めたままだった。僕は自らの無能を呪った。最期まで彼女を喜ばせてやれなかったことを悔いながら、僕の方も暴食な神様に溶かされた。  新天地に辿り着けるのが幸福の提供者ばかりでないということ、そして隣にアンがいることに気づいたとき、僕は歓喜した。彼女は嫌々手を引かれていたのではなく、僕のところに来ることを望んでいたということが証明されたのだから。
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