1/5
前へ
/27ページ
次へ

「お待ちどおさま」  スープから立ち上る湯気の向こうで、アンが優しく目を細める。組んだ手にあごを乗せて、僕の一口目を心待ちにしている。昨晩と同じように。  僕は何も言わずにスプーンを手にする。新天地に辿り着いてからの付き合いだけれど、こいつともそれなりに上手くやれるようになってきた。  新天地の新たな友を熱々のスープに浸し、持ち上げる。掬い上げた一口を、そっと流し込む。 「上手くなってきたわね、食器の扱いが」 「バカにしないでくれよ。お互い様じゃないか」 「それに、音も立てなかったし」 「うるさいな、構ってないで君も食えよ」 「ごめん、ごめんって」  アンはくすくす笑ってスプーンを手にする。僕の目を通してしか世界を見ることができないはずなのに、当の僕よりも上達が早い。 「こんなもの使いこなせたからって、なんだっていうんだ。こんな時代遅れの骨董品」 「あら、音楽(じだいおくれ)を流しながらパラグライダー(じだいおくれ)なんてする人が言うことかしら」  食器なんかと一緒にするな。以前ならそう言ってやったのだろう。けれど代わりに口から出たのは、子供じみた悪態だった。 「〈神様の胃袋〉なんてクソさ」 「どうして?」 「見てただろ。また身投げだ。もう何度目かわからない。みんな疲れ切ってるんだ。幸福を貪るのに」 「幸福の享受者なのに?」 「だからって、食わせすぎだよ」
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加