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「なあ、前から思ってたんだけど、そのカウンセラーじみた物言い、やめてくれないか」
「え?」
「苦悩を融かすためだけに話してるみたいに聞こえるんだよ。君は『享受者』なんだろ? 僕の目を通して世界を見ることが幸せなんだろ? だったら、もっとそれらしくしてくれよ」
アンは少しだけ困ったように黙り込む。その顔には相変わらず余裕が張り付いているけれど。
「あなたにはそう見えないとしても、私は幸せよ。あなたの言っていた美しい世界を知ることができたんだもの。作りものの疑似視覚じゃ見えなかったものを感じることができるんだもの」
享受者であるはずの彼女は、なおも僕を喜ばせるようなことを口にする。けれど、落下を続ける人々を見ながらでは皮肉にしか聞こえなかった。
「もう、いい」
「まだ残ってるわよ」
「あんなもの見ながら食事なんてできないね。君と違って、僕は確かにここにいて、腹も立てれば吐き気だって催すんだ」
言ってから、ずいぶん幼い怒り方だと気づいた。己という主体の存在。それが誰にも証明できないのをいいことに、僕はアンに無茶を言って八つ当たりをしているのだ。
「そろそろ眠るよ。なんだかひどく疲れた」
「ねぇ、明日も飛んでくれるわよね」
アンに返事をしないで、僕は寝室のドアを閉じた。
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