3人が本棚に入れています
本棚に追加
「記憶は風化するものだが、この夢の記憶は決して風化することはない。お前がこの世界を訪れるたびに、この世界の記憶は濃くなる。そして、お前のいる現実は徐々に薄れ、いずれは無くなる」
私はその言葉に固唾を飲んだ。男の話は、理解するのも難しい上に、到底受け入れられるような話ではない。だが、なぜかそれを信じてしまう。その理由はいくら考えても分からなかった。
「現実が無くなる?そんな事があり得るか…ある訳がない…」
男は楽しげに、そして試すように言った。
「お前は、現実が本当に現実だと思っているのか?そんなものが存在すると?」
常識を逸脱した質問にため息をついた。現実が本当に現実かと言われれば、答えは決まっている。
「あるに決まっている。現実が存在しなければ、俺たちはどこに住んでいて、何者なんだ?」
だが、そんな当たり前の考えと同時に、男の言葉を納得し得る考えも持つようになっていた。
夢は夢、現実は現実なのはわかっていた。
しかし、連日同じ夢をみて、その夢の中で会話をし、現実の事かのように脳裏に刻まれ、忘れることの出来ない体験をしている。
なにが偽りでなにが真実か、困惑していた。
「仕方がないな。これが現実だと分からせてやるよ」
少しだけ間をおくと、男が暗闇の中から姿を現した。深い闇のように漆黒のローブを身に纏い、顔は深いフードで覆われ確認できない。その者はまるで闇そのもの。
「腕を出せ」
男の要求に私は抵抗できず、右腕が不自然に差し出された。なにか見えない力が働いているようだった。
男は物静かに私の右腕を手に取った。男の手はまるで死人のように冷たく、生気が感じられない。全身が冷え切ったような感覚に陥った。
男は細かい細工が施された鋭利な刃物をちらつかせ、私の腕にその刃を走らせた。
肉を裂かれる痛みが襲う。激しい痛みに、額に汗を滲ませながら男から腕を振り解こうと必死に抵抗した。
男は楽しんでいるかのように私に言った。
「この傷と痛みがお前に分からせる。また会おう」
そう言うと、男はゆっくりと暗闇の中へ消えてしまった。
ふと足元に視線を走らせると、そこには古ぼけた木製のロザリオが落ちていた。ロザリオを拾い上げると、激しい頭痛と共に目の前が真っ白になりその場に倒れこんだ。
最初のコメントを投稿しよう!