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「大丈夫ですよ。どうぞ」
私がそう言うと、彼はありがとうございます、と言って、私と反対側のベンチの端に腰かけた。
不思議な人だった。
見た目は、私と同じか少し上くらいに見えるのに、とても落ち着いた雰囲気を纏っている。それに、普段から着物を着ている人が身近にいないから、それだけで珍しく思えてしまう。
加えて、容姿端麗だった。少し儚さも感じるほどの美青年で、雨と紫陽花がよく似合っている。
見知らぬ人だが、急に声をかけられて緊張したり恐ろしかったり、といった感情は、不思議と湧いてこなかった。私にとって現実から離れた場所であるここに、彼が馴染んでいるからかもしれなかった。
「紫陽花、好きなんですか?」
彼は私の視線に気付いたのか、こちらを向いてそう声をかけてきた。
「好き、ですね。……去年、偶然この時期にここを見付けて、紫陽花を見てから、時々見に来るようになりました」
「そうなんですね」
彼は柔らかく微笑んだ。
「……あなたも、紫陽花が好きなんですか?」
「僕、ですか?」
私が質問を返すと、彼は少し考えてから言った。
「……そうですね。好き、なんだと思います」
彼は少し照れくさそうに笑った。
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