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その日から、彼は時々、ベンチに現れるようになった。
私が座っているといつの間にか屋根の下に居て声をかけられ、並んで座って紫陽花を見る。
彼が来るのは、決まって雨の日だった。
晴れの日にも居るのだろうかと思って、一度散歩に出かけたのだけど、その時には姿は見えなかった。
いつも着物姿で、柔らかい表情をした彼と、私は毎回、少しだけ話をした。
話と言っても、今日も紫陽花が綺麗ですねだとか、今日は涼しいですねだとか、そう言う類の世間話を一言二言するだけで、私自身の話や、彼自身の話はしたことがない。互いに名前も知らなかった。
私は彼と過ごす時間を、とても楽しみにするようになった。
彼といる時間は私にとって非日常そのものだったし、並んで黙って紫陽花を見ていても、沈黙が苦ではなかった。
彼の隣で雨音を聞いて、紫陽花を眺めていると、私はなんだか優しい気持ちになれた。
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