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「良かったですね。息子さんが見舞いに来てくれましたよ」
看護師さんが親父に聞こえるように、大きめの声で告げる。
親父は首肯し、息子の名を呼んだ。
俺の名前ではなかった。
亡くなった兄の名だった。
「済まなかった。済まなかった。迷惑をかけた。元気でやっているか」
泣きながら、そんな言葉を矢継ぎ早に言ってくる。
捨ててきた息子に対しての、懺悔の気持ちが強かったんだろう。
痴呆によって、親父の時間は数十年遡ったのかも知れない。
「父さん、俺は元気だよ。早く良くなって、美味しいりんごを剥いてくれよ」
親父に対するわだかまりなんて、どうでも良くなった。
俺は、親父が死ぬまで、兄に成りすまそうと考えた。
親父にとっての家族は、捨ててきたあの家族なのだから。
そして、俺には、俺の大事な家族が待っているのだから。
これは俺が親父に捧げるトゥルーエンド。最後の親孝行だ。
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