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「君はいつまでも過去を引きずるね」
「お前が前を向きすぎなんだ」
溜息のようにヤミは答える。
「まあ、そうとも言うけどね。ボクはこれで君との釣り合いを取ってるのさ」
「嘘つけ。お前は昔からそうだった」
「あっははは! そうかもしれないね!」
からっと笑ったハナは「しかし、しかしだよヤミちゃん」と、金網に背中を預けて空を仰ぐ。
「折角手に入れた第二の人生……ん? 人生? まあ、この学校での生活だ。楽しまないと損だよ」
「……楽しまないと損、ねえ」
繰り返されたヤミの言葉に、ハナはうんうんと頷く。
ヤミはなんとも言えずに目を開けて、ぼんやりと空を眺める。
空気はまだ冷たいが、日差しは暖かい。ぽかぽかと身体を温めるそれは、眠気を誘う。
このまま眠ることができたら、きっと気持ちいいに違いない。
そんなことを思っていたところで。
「――ハナさん、ヤミさん」
二人名前を呼ぶ声がした。
ハナが振り向くと、そこには生徒がひとり立っていた。
中等部にしては小柄に見える背丈。こんなにも日差しは温かいのに、淡い橙のマフラーを巻いている。
サイズの合わない学ランから覗く指でマフラーを軽く押さえたその生徒は、ぱらぱらとした真っ直ぐな黒髪を揺らして、校舎へ続く扉から二人へと声を投げる。
「あの、ハナブサさんが。お茶にしましょうって言ってたので。呼びに来ました」
「わあい!」
ハナブサさんのお茶。
ハナはその言葉にぴょいっと飛びつくように、寝転がっていたヤミを飛び越えて校舎へ繋がるドアへぱたぱたと駆け寄る。
「さっちゃんさっちゃん。今日のお菓子は何だい?」
マフラーの生徒はハナを見上げて「今日はパウンドケーキでしたよ」と目を細めた。その言葉に「やったあ!」と両手をあげて喜ぶ様子をにこにこと見つめている。
ひとしきり喜んだハナは、そのままくるりとヤミの方へと振り返り、手を振って彼を急かす。
「ほらほらヤミちゃん! さっさと行くよ起きたまえよ。そうしないとボクが君の分も食べちゃうぞ? ああ、食べても良いと言うのならそのまま寝てても構わないよ」
なんて。春の陽気に当てられて眠ってしまいそうだったヤミは起きてるだろうか、という挑発を惜しげもなく投げつける。
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