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「……はいはい。食べる。食べるから」
ヤミは身体が眠気を訴え始めたのを覚えながらも、ゆっくりと起き上がる。
よいしょ、と起き上がると帽子がずれた。その位置を直そうとツバを指で押さえたその時。
「ね。ヤミコ」
ハナが名を呼んだ。視線だけ向けると彼女はこっちを見て微笑んでいた。
懐かしいものを見るような、何かを羨ましがるような。前髪で隠れてちっとも見えないけれども、そんな。なんとも言いようのない目をしているような。そんな口元で彼女は言う。
「ボクはね。君のそのスタイル嫌いではないよ」
「……そう」
「ねえねえ。ボクの役割は何だっけ?」
「突然何を」
「いいから。何だっけ?」
「……ハナコさん。トイレで呼ばれたら返事をすること」
「うん、正解。それじゃ、君の役割は?」
「ヤミコ。生徒の呼び出しに応じて、助けること」
「うんうん、正解だ。しっかり覚えておいてくれたまえよ」
「なんで俺がお前の分まで」
「では次」
「人の話聞けよ!?」
「ボク達は、どうしてここに存在している?」
一瞬、ヤミの言葉が詰まる。
彼女の問いを、少しだけ考えて。意図するところを拾い上げて答える。
「この学校に、生かされてるから」
「それから?」
「……“みんな"が噂するから」
「そう。ボク達はこの学校と彼らの噂話で生かされている。言葉なんて目に見えないものに左右される程に、弱くて、曖昧で、儚い存在だ――だから!」
彼女は空へ向けて大きく両手を広げた。
「ボクはむしろこの状況を歓迎するね。語り継ぐ人が。実行する人が。その人数が増えることを喜ぶべきだと思うな!」
「……はいはい。そーですね」
ヤミは彼女の満足そうな笑顔に呆れた声を返す。
「納得したかい? 納得したなら早々に戻ろう。お茶とケーキを待たせちゃあいけない」
納得したか、と言われると微妙なところだが、これ以上何か言ってもきっとハナは聞かないに違いない。
だからヤミは帽子の位置を直して、一言だけ頷く。
そして彼らは校舎の中へと消えていく。
校歌の響く屋上には穏やかな春の風と、影ひとつない日差しが残っていた。
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