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あげられなかった。黙って見ているだけだった。それが本当に申し訳なくて、くやしかったの。だからあたしは、今度こそちゃんと久遠くんに話しかけてみようと思ったの」
「田辺…………」意外だった。まさか私をそんな風に見ていてくれた人がいたなんて。その言葉に胸打たれた私の頬には涙が伝うのが分かった。
「久遠くんの作品、もう読ませてもらったわ。とっても面白かった。やっぱりあなたには力があるわ。夢があって、人を楽しませる力が」
田辺の手前の机には私の原稿とLEDライトの点いたスマホが置かれてあった。どうやら私が寝ている間、それで照らしながら読んでいたらしい。
その原稿の内容は美術部を舞台にした〈fine arts〉という題の物語だった。腐敗したダメダメ美術部を天才転校生がズバズバと改革していくという、よくある部活王道モノだ。今になって思い返すと、自分では叶わない願望を丸出しにしたこっ恥ずかしい内容だが、それでも田辺に伝わったことで、私は今までにない喜びを感じた。
「あたしも……あたしもそんな夢を見ていいかな? あたしもここの美術部に入ってもいい? 才能は無くても、絵の勉強がしたいの。次は少しでもあなたの力になれるように…………」
田辺は少し照れながら祈りように手を合わせて、いつものお願いのポーズをとる。
その刹那、私は光を見た。
それも色とりどりの光をだ。それらは彼女の瞳の奥で宝石のようにきらきらと輝いていた。
私はゆっくりと頷くと、涙を拭いて立ち上がる。
「そうだな、今度は『色塗り』でも始めようか――」
失くしてしまったはずの〈色〉は、みんなそこにあった。
ずっと彼女が持っていてくれていたんだね――――――
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