雨宿り

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雨宿り

 冷蔵庫の中には空の牛乳一パックと卵が三つ。ブロッコリーと胡瓜が半分ずつほど。鰹節はほとんど空っぽであるのに対して、味噌の詰まった袋は所狭しとスペースを圧迫している。家主もひとまず料理はするようだ。そうであれば、もう少し部屋の中を片してほしいのだけれど。これだけ広い家に住んでいるというに、勿体ない。調度品の趣味も悪くないようだし、こう散らかる前はよほど綺麗だったに違いない。空のペットボトルやら表紙の折れた雑誌やら。季節外れの毛布やら。ゴミ箱らしき形状の物はあるのだが全く役目を果たしておらず、ゴミ袋自体はその隣でダンボールとティッシュを腹いっぱいに抱えている。随分堕落した家主だなとため息をつこうとして我が身を振り返り、自嘲した。  家主が目を醒ました。静かな目覚めだった。その後暫くも静かすぎて腹が立つほどである。いや、下手に声を上げられても困るけれど。しかし丈夫な男で安心した。流石に殺人の罪は負いたくない。家主は両腕を後ろで縛られたまま、ガムテ―プで塞がれた口を無理に動かすでもなく、じっとこちらを見つめてくる。少し長めに伸びた髪は枕と側頭部に挟まれて、寝ぐせを作っている。寝室である。部屋中が散らかっていたものだから家捜しには時間がかかってしまっているが、現場に長居は無用だ。かといって目の前で家主が目を醒ましてしまった以上、放っておくこともできないような気がする。何と言っても彼は私の顔を見ている。まったくもって不用心だった。せめて覆面か何かをつけていればよかったのに。どうしよう。彼が警察に私の顔を伝えては困るので彼を解放するのは言語道断なのだが、さて、もし私が彼をこのままにしてここを去った場合、彼はどうなるだろうか。見たところ一人暮らしのようであるし、ここで身動きが取れないままでは物を食べることもできまい。そうして彼はこのベッドの上で衰弱していくだろう。その場合、私は殺人者と何が違うというのか。いや、このことに気づいてしまった時点から、私は殺人を免れ得ない。このように考えあぐねた結果、私は彼の奇妙な冷静さに信頼して口元のガムテープを外し、このように問うことになった。 「あんた、友だちはいるのか」
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