第5章

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車窓から流れる景色を眺めながら、ふと思い出すのはあの日のこと。 香坂さんと公園でビールを飲んだあの日から2週間が経ったけれど、今まで偶然に鉢合わせていたのが嘘のように彼を見かけることはなくなった。 マンションのエントランスに入る前に、チラリと横目で向かいに聳え立つ高層マンションを見てしまう。 別にその行動に他意はない。 別にその行動に何か特別な感情があるわけでもない。 けど、忘れられなかった。 あの日、最後に見た彼の表情が。 あの日、宙を掴んだ彼の手が。 何故かは分からないけれど、ずっと私の脳裏にこびり付いているかのように、消えてくれなかった。 そんな風にあの日のことを想起していると、私が降りる駅のアナウンスが鳴り響いて、下ろしていた腰を上げる。 チラホラと下車する人に混ざって、私も電車を降りた。 今週は残業の数が圧倒的に少なかったからか、いつもよりも身体は疲労を感じていなかった。 更に言えば、金曜のこの時間は混んでいる電車も座れるくらいに空いていて、ここまでは良いこと尽くしだった。 ――そう、ここまでは。
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