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もう二度と会いたくないと思っていたはずなのに。
会いたいの?と聞かれれば、そうではない。
けれど、あの日のあの人が醸し出していた雰囲気、紡いだ言葉。そして、あの表情。
そのどれもが私の心に引っ掛かって、“気になって”いるだけ。
だからと言って、今ここで香坂さんにもし出くわしたとしても、私はそのことについて触れられないだろう。
なんとなく、本当になんとなくだけど――…私が踏み入れていいような問題ではないような気がするから。
またもや頭の中でグルグルと自問自答を繰り返していた思考がピタリと止まったのは、後ろから微かに聞こえてくる足音に気付いたからだった。
「………」
シンと静まり返った夜道。
ピタリと足を止めて振り返った先は、果てしない闇が続いているようだった。
タイミングが悪いことに、街灯がひとつもないところで足を止めてしまった。その所為で、どうしても不気味に見えてくる。
そして、ふと思い出すのは部長にかけられた言葉。
『樋波さんの家の辺りで不審者が出たらしいから気をつけなよ?』
……まさか、ね。
微かに聞こえていた足音は私が立ち止るとともに聞こえなくなり、私の聞き間違いだったんだと思った。
吐息のような溜め息をひとつ零してから、前へと向き直り、またゆっくりと足を進める。
――その時。
確かに、ザッと地面を蹴る音が後方から聞こえる。
私のものではなく、明らかに“誰か”の音。
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