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「…っ、は……っ、」
こんなに走ったのは人生で初めてと言っても過言ではないほどに走ったせいと、恐怖のせいで上手く息ができない。
上手く撒けたのだろうか。
数秒、茂みから様子を窺っていたけれど、誰かがくる気配はなかった。
けれど、だからと言ってすぐにそこから出れるはずもなく、ふるふると小刻みに震える自分の身体をギュッと抱きしめた。
――そのとき。
ガサッと茂みが揺れる音がして、大袈裟なくらいに身体ごとビクンッと跳ね上がった。
私が振り返るよりも先に、ガシッと手首を掴まれた。
私の手首を捉えているのは、大きくてゴツゴツとしている、明らかに――男の人の手。
「…っぃ、やぁ!!」
悲痛な叫び声を上げながら、手足をジタバタとさせて精一杯の抵抗を試みたけれど、どれも意味を成さない。
それどころか、手首を掴む大きな手に更にグッと力が籠められたのが分かって、とうとう涙が溢れてきた。
「…っや、ぃやあ…っ、」
気持ち悪くて怖くて、絶望しか感知できなくて、半狂乱になって泣きじゃくっていた私の耳に、
「――っおい!」
突然大きな声が届いて、ビクッと肩を揺らした。
その大きな声に驚いたのは確かだったけど、私が驚いたのはその大きさのせいじゃない。
その声――…そのものに、驚いた。
だって、この声は……。
恐怖でずっと上げられなかった顔をゆっくりと上げると、
「……お前、こんなとこで何やってんだよ」
涙でぼやける視界に、今日ずっと私の思考を独占していた人が映った。
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