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すっかり人気がなくなったこの空間に木霊するように響くのは私の荒い息遣い。
数秒の沈黙の後、彼はハァっと溜め息を吐くと、うざったそうに口を開いた。
「…要らねぇよ、そんなもん」
「それはダメです…っ!」
汚してしまったことは事実だし、ここで私が折れてしまったらまたこの人に貸しを作ってしまう。
それだけは絶対に避けたくて、私は咄嗟に鞄の中に手を突っ込んだ。
「今、お金を――…って、ちょっと!」
鞄の中に視線を移した一瞬の隙に、香坂さんはまたもやスタスタと歩き始めた。
財布を探していた手を止めて、私はその大きな背中をまた追いかける。
「…香坂さん!」
何度名前を呼んでもその長い足が止まることはなく、私もその大きな背中を追いかけることをやめなかった。
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