985人が本棚に入れています
本棚に追加
その後、何も言わなくなった香坂さんに私も何かを言うこともなかった。
静かな沈黙が流れる。
けれどそれは嫌なものではなく、やっぱりどこか心地よさを感じさせるものだった。
お互いにビールを全て飲み終えて、公園を後にする。
「お前の家、どっち?」
「私はあっちです」
十字路に差し掛かったときにそう問われて、私は右の方向を指差した。
それに何も返事はしなかったものの、私が指差した方向へと歩いていく香坂さんに、咄嗟に口を開いた。
「あ、あの、大丈夫です!私、ひとりで帰れますからっ」
想像以上に大きな声が出てしまって、羞恥に駆られていたのも束の間のこと。
顔だけで此方に振り返った香坂さんは、ギロリと睨むように私を見下ろした。
「俺もこっちなんだよ」
てっきり送ってくれるのかと思ったけれど、たまたま香坂さんの行く先も私と同じだったらしい。
何か文句あんのか?とでも言いたそうな眼差しに私は「…すみません」と小さく謝罪の言葉を口にするしかなかった。
すぐに前に向き直り、足を動かした香坂さんを見て私も歩を進める。
そのままいつもの歩調で私を置いていくのかと思いきや、香坂さんの歩くペースは随分とゆっくりなもので、私が置いて行かれることはなかった。
まるで、私の歩調に合わせるようなそのペース。
…優しいのか、優しくないのか、よく分からない人。
最初のコメントを投稿しよう!