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私の少し前を歩く香坂さんとその後ろをついていく私。
他愛もない話しを交わすどころか「次どっち?」なんて聞かれることすらもなく、ただ無言で歩き続けていた。
けど、私の行く先と香坂さんが行く先は偶然にも同じで、気づけば私の住んでいるマンションの近くまで辿り着いていた。
「あの…、」
何も言わずに去る気にはなれず、私のマンションまであと数歩というところで、控えめにその背中に声をかけた。
私の小さな声に反応した香坂さんが歩みを止めて、顔だけで振り返る。
「私の家…もう、すぐそこなんで」
「すぐそこって?」
「…あのクリーム色のマンションです」
自分の家を簡単に教えてもいいものなのだろうかと思いながらも、お互いに身元が分からないわけでもないし仮にも香坂さんはマサ君の同僚だ。
別に家を知られたからといって何かをされるわけでもないだろうという結論に行き着き、私は右方向に見える自分のマンションを指差した。
私の指差した方向へと視線を向けた香坂さんは微かに眉を寄せた。
何か気に障ることでも言ってしまったのかな…。
その表情を見て少しの不安が過ったのも束の間。
「俺ん家の向かいじゃねぇか」
低い声で紡がれた言葉に「えっ」と驚いて声を上げてしまった。
そんな私を見下ろした香坂さんは私の住んでいるマンションの向かいにある高層マンションを顎でクイッとしゃくった。
「あ、あそこが香坂さんの家なんですか…?」
「そーだよ」
引っ越してきたばかりのとき、向かいに聳え立つその高層マンションを横目に見ては住んでいる人はきっとお金持ちなんだろうな。とか、あそこの家賃って私の家の何倍になるんだろう。とか、そんなことばかりを考えていただけに驚きを隠せない。
それに加え、もう関わることなどないと思っていた香坂さんがこんなに近くに住んでいたってことも信じられない。
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