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「なあ、ちょっと付き合ってくれないか」  断る理由はなく、夏に向けて段々と強くなり始めている日差しのなか、僕たちは橋本君の自動車で、君の最後の場所に到着する。十階建のマンションの屋上を、二人で見上げる。  あそこからの眺めはどうだっただろう。何か見えたのかな。  煙草の臭いがして、隣を見れば、橋本くんがゆっくりと煙を燻らせていた。 「なんであいつは、死んじまったんだろうな」 「さあ。わかんないよ」 「だよな」  洟をすする音。そっとポケットティッシュを差し出した。  何かを話そうと思った。だけどその全てが、言ったってしかたないことに思えてしまって、肺のあたりで消えていく。橋本くんも、そうだったのかもしれない。煙ばかり吐いていた。  太陽が傾き始めて、僕らは結局何か思い出話をするわけでもなく、そこをあとにする。  駅まで送ってもらって、またねというあやふやな約束をして、背を向けた。 「お前は、死なないでくれよ」  振り向けば、怯えた子犬みたいな顔が、すがる様に見つめていた。 「死なないよ」  だって僕は、生きていたいから。  悲しいくらい、生きていたいから。  手を振って、家に向かって歩き出す。歩きながら、橙に染まり始める空を見上げた。  君がどうして死んだかなんて、どんなに考えてもわからない。  だから僕は、こう思いたいのかもしれない。  空がきれいだったから、君は飛ぼうとしたんだって。  甲高い声の鳥が飛んでいく。その行く先を、僕は知らない。           了
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