0人が本棚に入れています
本棚に追加
「このような真夜中に、ご足労頂き感謝感激です。只今シャッターを開けますので、しばしお待ちください」
その声が途切れるとシャッターがゆったり開き、フロアが見渡せるようになった。フロアの電気はついており、元は映画館があった場所、今は音楽教室のある位置に、まるでその場所だけ時が戻ったかのように、そしてまるでそこにあるのが当然であるかのように、映画館があった。隣の塾やダンス教室は今現在の姿のままであるのに。古ぼけた小さな映画館だけが、昔のままの姿を保ち、異彩を放っていた。
少年は、半ば映画館の姿に魅入られるようにして、少しずつ歩を進める。
少年は、懐かしい、古ぼけたチケット売り場の前に立った。そこには、ちゃんと人がいた。しかしそれは昔よくいたおばちゃんではない。まだ若い大学生くらいの少女だった。少女の傍らには、高く積み上げられた本の山と大学ノート、筆箱が乱雑に置かれている。少女は、少年の姿を認めると、すっと微笑んだ。
「ご希望の作品は、こちらでよろしいですか」
少女は首を傾げて尋ねながら、ガラス窓にあいたチケット受け渡し用の隙間から、チケットを差し出す。そこには、先ほど彼が書いた作品名が印字されていた。少年が頷くのを確認してから、少女は体を少し乗り出すようにして尋ねた。
「ちなみに、貴方はこの作品を当劇場でご覧になりましたか? もし別の劇場でご覧になったものでしたら、残念ながらこちらで「再現」することは出来ないかもしれませんのでご了承ください」
「『再現』?」
今度は少年が首を傾げる番だった。すると少女は慌てて。
「あ、えっと。……うーん、説明するのが難しいなあ……。言葉が見つからなくて、ごめんなさい。それでなくてもお客さん来ないものだからきちんと説明する機会ってなくって。この劇場のことを今からお伝えするので、驚かないで聞いてくださいね」
少女は一呼吸おいて、話し始めた。
最初のコメントを投稿しよう!