第1話

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「この映画館は、既にご存知の通り何年も前に潰れてしまいました。そのなくなった建物がなぜ真夜中に、必要な人の前にだけ現れるのか。それはこの映画館の「記憶」を私が媒介して繋ぎとめ、「再創造」しているからです」  難しいことは省きたいので、シンプルに言うと、と少女は苦笑しながら言った。 「この映画館の想いが、記憶が、この場所には残っていて。その気持ちを共感できる者だけがここにきて、映画を観ることができるのです。ですから、この映画館が体験したもの、つまりこの映画館で上映された作品しか見ることができませんし、ここで一度も映画を見たことがない人は映画を観ることができません。そして何より。面白半分にここを訪れようとする野次馬根性のお客さんは、お客さんではないので入場をシャッター前でお断りさせて頂いてるのです」  少女の説明でもまだまだ分からないことはあったが。しかし、少なくとも噂は本当で、チケット売り場まで辿り着いた者が少なかった理由は、彼にも理解できた。 「映画を観るのには、貴方と、そして映画館……、彼の記憶だけあればいい。貴方の記憶を元に、「彼」が勝手に映画を上映してくれるでしょう」  そう言って、少女も窓口から出てきてスクリーンのある劇場へと続く大扉を開く。そして、少年を招き入れながら言った。 「ようこそ、当映画館へ。ごゆっくりとお過ごしください」  少年は劇場へと足を踏み入れた。その空間は、幼いころ彼が映画館へ来たあの時と、同じだった。埃っぽい座席、狭い室内、小さくて横長のスクリーン。それから、後ろにある、これまた小さな映写室。その懐かしい姿を目にしたとき、彼の眼には、自然と涙があふれた。少年は、涙を拭って中央列の中央の席、彼が最後にこの映画館で映画を観た際に座った座席に腰を下ろした。少女も当然のように劇場へ入ってくると、彼の斜め後ろの席に腰を下ろした。少年は尋ねた。 「窓口は、いいの」  すると、少女は言った。 「当劇場は、一日一作品、一組様限定で上映することをルールとしております。……どうぞ、ごゆっくりお楽しみください」  そうして少女は少年ににっこり微笑んで静かに言った。 「さあ、映画が始まるよ。君と、彼の記憶と共に……」
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