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男はスケジュールを立てるのが酷く下手だった。
仕事の用事に穴を開けそうになったことも一度や二度ではない。
このままではとんでもないミスを犯して会社を追われてしまうと危機感を覚えているのだが、どうしても治らない悪癖だった。
その日も男は苦々しい表情で昼間のミスを悔み、憂さ晴らしとばかりにガード下のちょい飲み屋で酒をのんでいた。
そして、その日何回目かの深い溜め息をついたときだった。
「どうしました? なにか悩みがありそうですね」
隣で静かに飲んでいた白髪の老紳士が話しかけてきた。
「え? ……ああ、すいません。仕事がうまくいかなくて」
「なるほど。もしよかったら愚痴を聞きますよ」
「いやそんな。大丈夫ですよ。……え……? そうですか? なら……愚痴というほどのものではないんですけどね……」
老紳士は事情を一通り聞いた後、しばし思案の後、懐から一冊の手帳を出しながらこう言った。
「こちらの手帳をお使いなさい」
手帳を開くとそれは予定を書き込むためのスケジュール帳だった。
「お爺さん。お気遣いは嬉しいんですが、このての手帳はもう使ってるんです。それでもうまく行かなくて……」
「まあまあ。よくお聞きなさい。このスケジュール帳は、スケジュールを事細かに書く必要はありません。一言『仕事がうまく行く』や『同僚からの評価が上がる』等と、あなたの治したいことの希望を書くのです」
「はあ……?」
「まあ騙されたと思って一度試してご覧なさい……。ああ、但し注意が。一日分の枠に書くことができるのは一つだけ。そして、一度に一週間分以上は書き込まないこと」
そう言い残し、老人は勘定して席を立った。
「何だったんだあの爺さん……?」
それでもなんとなく気になった男は、半信半疑のままその手帳の翌日欄に
《仕事がうまくいく》
と書き込んだ。
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