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沸点の低い人だとは思っていた。
「なっ! 何してんだ、この野郎!」
彼ら以外は誰もいない部室で、奏人に怒鳴り声が飛ぶ。
「土岐っ……」
怒りに驚愕が混じった表情で奏人を見つめているのはバスケ部の先輩、花宮煌。繊細なテノールの奏人と違い、語尾が甘く響く低音の持ち主だ。
「おま、お前……いいい、今っ」
椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がった煌は、盛大に狼狽しつつ強く奏人を睨んでいる。
「椅子、倒れましたよ」
「うるせぇ。冷静に椅子を起こしてんじゃねぇ。それが倒れたのはお前のせいだろっ。今、俺に何したんだよ!」
煌が立ち上がった弾みで倒した丸椅子を奏人がサッと元の位置に戻すと、相手はさらに声を荒げた。喧嘩っ早いと噂のオラオラ系先輩らしい勢いだ。それに対し、肩の力を抜くように小さく吐息をついた奏人がゆっくりと口を開く。
「俺が花宮先輩に何をしたのか、ですか? 起こったことの事実だけを述べると、寝込みを襲った形になりますね。俺は先輩にキスしました。ただし、その行動の理由は不明です」
「何?」
「なぜ、キスしたのか。全くわからないんです。敢えて答えを導き出すなら、なんとなく、というのが最適解でしょうか」
「はあぁ?」
煌が怒っているのは、つい先程、奏人がしでかした行為に対して。それはわかっている。部室で居眠りしてたら男にキスされて目が覚めた、なんていう事実は許しがたいのだろう。やってから気づいたが、童話のお姫様の目覚めパターンのようだし。
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