第一章 キスと告白

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 それで憧れの人に怒りと敵意を植えつけてしまったのは失敗だったな。俺という後輩を印象づけることには成功したと思うが……。 「……あ? お前、なんでまだいるんだよ。帰っとけよ」 「先輩が荷物を忘れていかれたので部室に鍵をかけるわけにいかず、取りに戻られるのをお待ちしていました」  思っていたよりも早く煌が戻ってきた。実は今か今かと待っていたので、奏人は珍しく口元を緩ませている。『無表情仮面』と呼ばれるくらい感情を表に出さない奏人にしては珍しい現象だ。 「鍵かけとけば良かったんだよ。むしろ、俺はお前にお待ちされていたくなかったわ。さっき俺が言ったこと覚えてねぇのか、おめぇはよ」  煌のロッカー前に彼愛用の黒のエナメルバッグが置きっぱなしになっていたのは奏人が怒らせたせいだ。激昂させて部室から飛び出させるようなことをしたせいだから待っているのは当然、という気持ちでいたのだが、煌にしてみれば余計なお世話だったようだ。  あぁ、そうだった。生意気な後輩の顔は二度と見たくないと言われたばかりだった。どうも、先輩相手だと冷静な判断が出来なくなってる気がする。いつもの俺なら先輩が戻ってきやすいようにサッサと帰っていただろうに、今日は全く逆のことをしているんだ。だって、絶対すぐに戻ってくると思ったから、そうしたらまた二人きりになれると思ったから……。  そこまで自嘲して、奏人は目を見開いた。胸に芽吹いた初めての感情を、彼が認知した瞬間だった。
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