第1章 6月5日の雨の日

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ザーザーザー 外からはさっきよりも大きくなった雨音が聞こえていた。 そのせいか少しの緊張感をはらみつつ、私はその写真をじっと見つめた。 「お待たせ。」 その不思議な空気を裂くように、千紘さんの声が聞こえた。 「あ、うん。」 「何見てる…の?」 そういって私の手元を覗き込んだ千紘さんは驚いたようで、 「それ、どうしたの?」 と聞いた。 「どうしたのっていうか、この前は見なかったなあと思って。それで気になってつい見ちゃいました。」 と正直に答えた。 「そうなん…だ。」 「ごめんなさい。勝手に写真とか見られたら嫌ですよね。」 「あ…いや。全然!」 と言って、千紘さんはいつもと変わらない笑顔を向けた。 それに安心した私は、 「でも、こんなに楽しそうに笑ってる千紘さん珍しいですよね。」 と写真の感想を述べた。 すると、またもや千紘さんは驚いたように、 「僕いつも笑ってない?」 と言った。 「笑ってます。でも、なんか、この写真の笑顔は特別っていう感じだったので。」 「あーなるほどね。」 そう言った千紘さんは、さっきとは違い悲しげな顔をしていた。 そんな顔の彼を見たくなくて私は、 「ところで千紘さん、渡したいものってなんですか?」 と話題を変えた。 私の声で我にかえった千紘さんは、 「あ!ちょっと待ってて。」 と言って再び席を外した。 「野崎洋子さん、改めて僕と結婚してください。」 帰って来た千紘さんが取り出したのは、指輪だった。 そして、さっきとはうってかわって笑顔の彼は言った。 「婚約指輪を渡してなかったので。」 そんな彼に私は 「嬉しい…です。なんか、泣きそうです。てか、もう泣いてます。」 と返した。 私は彼の私への愛をまざまざと感じ、そして彼への私の愛もさらに深まった気がしていた。 それと同時に、元カレのことなんてやっぱりどうでもいいやとも思った。
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