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杉谷くん
「部活だったの? 大雨になっちゃったね」
「図書室で寝てた」
その言葉を証明するかのように杉谷くんは長い欠伸をした。わたしは「ふうん」と呟き、再び空を見つめる。雨が止む気配はない。そして隣の彼も帰るそぶりを見せない。
「傘、持ってないの?」
「うん」
「わたしも」
溜め息混じりに呟く。大きな雨音に、むせるようなコンクリートの匂い。日中は蒸し暑さで頭が朦朧としていたが、これで少しは冷えてくれるだろう。
「夏休み、何するの」
わたしの突拍子もない質問。杉谷くんは不思議そうにこちらに視線を向けた。わたしは沈黙が取り分け苦手だ。
高校生活最初の夏休みまであと一週間。みんな指折り数えて待っている。何かしら予定があるはずだ。でも彼は「うーん」と考えるフリをしただけで、また黙ってしまった。
杉谷くんは静かな人だ。席も離れているので話したこともなかった。細長くて少し姿勢の悪い彼はシロテテナガザルに似ている。人と話すのが苦手なわたしは、頭の中に気の利いた話題が何も浮かんでこない。嫌な緊張感に汗が滲んだ。
「春宮さんは?」
「えっ?」
質問されたことに驚いて、何を聞かれたのか分からなかった。
「夏休み」
激しい雨音にも関わらず、彼の声はよく通った。わたしは聞かれたことに慌てて答えた。
「わたし、部活も入ってないし、うちの高校バイトも禁止だし。友だちいないし。家でゴロゴロするかも」
あはははは……。
から笑いが虚しく響き、また雨音だけになった。つまらない答えと思われたかもしれない。可哀想なやつだとも。濡れてもいい、もう帰っちゃおうかなとさえ思う。この場から逃げ出したくなってきた。
「どうして部活入らないの」
思いがけず、彼は突っ込んで聞いてきた。特に興味があるというわけでもない雰囲気に不思議に思っていると、視線が気になったのかふいと顔を背けてしまった。癖のある髪が吹いた風に揺れた。
わたしは雨空を見上げる。その話題を注意深く避けながら生活していたものの、本当は誰かに聞いてほしかった。杉谷くんに話してもきっと差し障りないだろう。普段深く関わらない彼だからこそ言ってもいい気がした。
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