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わたしの事情
「もともと、青春漫画に憧れて運動部に入ったのよね。でもすぐ風邪ひいて、一週間くらい休んじゃって」
わたしが話し出すと、杉谷くんの視線が斜め上から注がれるのを感じた。彼の方を見て、ヘラヘラと笑う。
「わたし、運動できる方でもなかったし、病み上がりでついていけなくて。先輩にはやる気ないって怒られるし。結局辞めちゃったのよ。わたし、根性ないからさ」
「そっか」
杉谷くんは小さく相槌をうった。馬鹿にされる覚悟をしながら、わたしは相手の反応を待った。散々自分の情けなさを露呈して笑い飛ばす。それが話を重くしない秘訣だと経験から学んでいた。相手にとってはきっとどうでもいいような話だ。わざわざ同情を買うために細々と説明したくなかった。
「つらかったね」
「えっ……」
一瞬、雨音が遠く感じた。たった一言に、わたしは胸が熱くなっていくのを感じた。
「……うん」
自分の怠惰が原因なので、批判されるか頑張れよと励まされるだけだと思っていた。諦めるのが早いと親にも怒られた。それなのに、初めて話した、ただのクラスメイトから返ってきたのは優しい言葉だった。
「ちょっと、辛かった」
呟くと同時に泣きたくなった。わたしは反対方向を向き、下唇を噛みながら鼻のツンとした痛みに耐えていた。パッと昇降口の電気が点く。後ろの方からの明かりに泣き顔を映されたくなくて、急いで心を落ち着けようとした。それが分かったのか、杉谷くんは視線を逸らし、カバンを開けて何やら中身をごそごそ探り始めた。
「春宮さん」
顔を上げたわたしの鼻先に、突然カラフルな作り物の花束が咲いた。
「あげる」
ぽかんとしたわたしに、杉谷くんは笑った。相変わらず微かな変化の笑顔。それからまたカバンの奥に手を突っ込み、今度は折り畳みの傘を取り出した。予想外のものが出てきて、それさえも手品ではないかと思えた。杉谷くんは手際良く傘を開き、それもわたしに差し出した。
「傘、持ってないんじゃなかったの?」
思わず受け取ってしまったわたしは、半ばパニックになって尋ねた。
「春宮さんと話したかったから、嘘ついた」
彼は今度は歯を見せて笑うと、躊躇うことなく大雨の中を走っていってしまった。わたしはプラスチックの花束と傘を持ち、間抜けのように口を開けっぱなしにしたまま彼の後ろ姿を見つめていた。
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