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杉谷くんの事情
翌日は昨日の雨が嘘だったかのように晴れ、また初夏の眩しい陽が教室の中にさしこんでいた。
わたしはそわそわしながら杉谷くんが来るのを待っていた。彼は入り口から二番目の列の、前から三番目の席だ。傘も夜のうちに干して乾かしたし、花束のお礼にクッキーを焼いてきた。うまく渡せるかどうか心配になりながら、誰かが入ってくる度に入り口の扉をちらちらと見る。
ところがいつまで経っても彼は姿を見せない。遂にチャイムが鳴り、担任が入ってきた。先生は出欠を確認し、最後に一言加えた。
「杉谷は暫く休みだ。昨日の夜お母さんが亡くなったそうだ」
途端に教室はしんと静まり、そのすぐ後にざわついた。
「落ち着いたら俺が様子見に行くから、その時まで誰かノート取っといてくれ」
わたしが躊躇う間も無く、直ぐに前の席の学級委員が挙手してその役を買って出る。わたしは彼女から目を逸らし、拳を握りしめた。
あの花束は、もともとお母さんにあげるために準備していたものに違いない。そんな大切なものをもらってしまった罪悪感と、カバンの中にラッピングして入れている、渡せないクッキーに涙が出そうになった。
一週間経っても、杉谷くんは登校してこなかった。遂に今日は終業式。
その日もまた下校前に雨が降り、わたしは先日と同じように昇降口で立ち尽くしていた。カバンの中には杉谷くんの傘が入っている。貸してもらえばいいのだけれど、なんとなくそうする気になれなくて突っ立っていた。
次々と学生たちが傘をさして帰っていく。その楽しそうな後ろ姿をぼうっと眺めていた。遂に誰もいなくなり、体育館で部活動していた生徒たちさえ帰った頃。ふと人の気配を感じた。
「杉谷くん……」
彼は目を細め、わたしの隣に並んだ。わたしはなんと言えばいいのか分からなくて俯いた。
「今日、荷物を取りに来たんだ」
弾かれたように顔を上げると、彼はカバンを背負い直した。中には多くの教科書が入っているのか、本がたくさん入っている重そうな音がした。
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