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「母子家庭だったんだ。……それで、親戚の所に引っ越すことになって」
よく通る声は相変わらず淡々としており、静かだった。
「あのお花、お母さんのだったのに、ごめんね」
やっと声を絞り出すと、彼の手がわたしの頭の上で二度弾んだ。驚いて見上げると、杉谷くんは笑っていた。思わず涙が溢れた。わたしはなぜ自分が泣いてしまったのか分からなかった。でも涙は止まらなかった。
「春宮さん、がんばってね。友達、できるよ」
「わ、わたしのことなんか、どうでもいいよ」
泣きじゃくるわたしに、彼は困ったように微笑んだ。その目をまともに見ると、一週間前とは違って光がなかった。背中がぞっとした。
わたしが目を離すことができないでいると、相手の方が視線を嫌って目を逸らした。
ザアザアと雨が降る。その音がやけに大きく聞こえた。良くない予感に冷や汗が流れた。
「また、会えるよね」
「……どうかな。俺、携帯持ってないし」
「わたしのアドレス書いとくから!」
わたしは無我夢中でノートを取り出し、それに油性ペンで名前と住所と電話番号、それに携帯の番号とメールアドレス、通信アプリのIDも書いた。それを彼の胸元に突きつけると、少し躊躇った後、その大きな手がゆっくりとメモを受け取ってくれた。
「絶対、連絡ちょうだい。わたし、まだ傘とお花のお礼してないし」
苦し紛れの言い方だった。でも他に言いようがなかった。杉谷くんは「うん」と返事をしてくれなかった。
「春宮輝美ちゃん」
メモを見ながら、杉谷くんがぽつりと呟く。名前を呼ばれると突然胸が熱くなった。
「俺の名前にも輝くって字が入ってる」
「……下の名前、何だったっけ」
「輝明」
彼がふっと優しく笑う。わたしの目からまた涙が溢れてしまった。
「二人合わせたらテルテル坊主だね」
「うん」
杉谷くんは歯を見せて笑ってくれた。そして空を見上げる。
「明日は天気になるかな」
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