それから……

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それから……

あれから七年が過ぎた。杉谷くんからの連絡は、結局一度もないまま。 わたしは短大を卒業した後、就職難の中やっと見つけた花屋で働いている。というより、就職先に花屋ばかりを当たっていた。きっかけは言うまでもない。花を買っていくお客様の笑顔が嬉しかった。 今日は仕事が休みで、わたしは高校時代からの友達とカフェでお茶をしていた。 「雨、降りそうじゃない?」 彼女の言葉に顔を上げる。ガラス越しの空は灰色の雲に覆われていた。 「雨って嫌い。足濡れるしジメジメするし」 「そう、わたしは好きだけどな」 そう言いながらも、心は針で突かれたように痛む。杉谷くんはまだわたしの中で、あの姿のまま存在している。生きているかどうかも心配だった。 「降り出す前に帰ろっか」 わたしが返事をする前に、彼女は椅子から腰を浮かせていた。 あの日、杉谷くんは傘をわたしにくれた。今でもあの花束と共に大切にしている。連絡先も変えていない。わたしは未だに彼からの便りを待っている。 家に帰る気になれなくてショッピングモールをぶらぶら散歩していると、雨が降り出した。 通りには色とりどりの傘の花が咲く。それを五階から見下ろし、エレベーター前の椅子にすとんと腰を下ろした。背もたれに寄りかかりながら目を閉じて雨の気配に浸った。 暫くすると、紙袋を持った男性がやってきて隣に座る。興奮したように袋から買ったばかりのスマホを取り出した。このフロアにショップがあるのだろう。 男の人って、電子機器好きよね。そう思いながら腰を上げる。エレベーターのボタンを押し、その前に立っていると、銀色の扉に先ほどの彼の姿が映っていることに気づいた。意を決したかのように真剣な様子で番号を入力している。好きな人にでも連絡するのかもしれない。 エレベーターが到着し、扉が開く。わたしが中に乗り込むと、背筋を伸ばした彼がスマホを耳に当てていた。癖のある前髪が長くて表情は見えなかったけれど、下唇を噛み、生唾が喉を通っていくのが見えた。 頑張ってね! 心の中で応援する。扉が閉まると、わたしのカバンの中から着信音がした。
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