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タンを押した。
「春宮さん?」
間違いない。彼だ。さっき見た、覚悟を決めてスマホを耳に当てた彼が、杉谷くんだ。エレベーター中の鏡に、嬉しいのに泣き出しそうな自分の顔が映っていた。
「大学卒業して、就職して、ちゃんとしてから会おうって決めたんだ。連絡遅くなって……」
エレベーターの扉が開く。
「ごめん」
予想通りの言葉を、立ち上がって通話している例の男性が言った。わたしは電話を切り、彼に歩み寄った。杉谷くんは突然通話が切れて戸惑うようにスマホを見ていた。
「杉谷くん」
彼は驚いてわたしを見た。スマホとわたしを交互に見る。ようやく状況を飲み込むと、恥ずかしそうに前髪をかきあげた。端の吊り上がった目がわたしを見つめた。あの時より背が高くなっていたが、やはり細身でちょっと姿勢が悪い感じがシロテテナガザルに似ていた。
「……久しぶり」
わたしはそう言ったものの、まるで会えなかった時間がなかったかのように感じた。あの日の昇降口にタイムスリップしたかのようだった。彼が同じようにあの共有した時間を大切にしてくれたことに胸が暖かくなった。
「渡したいものがあるんだ」
杉谷くんはボディーバッグから袋を取り出し、わたしに差し出す。
「また何かくれるの?」
わたしが笑うと、彼はきょとんとした後、歯を見せて笑った。ラッピングされた紙袋の中から出てきたのは、紫陽花が付いた、てるてる坊主のストラップだった。
「実は」
杉谷くんはバッグに付いているストラップを指差した。
「お揃いなんだけど、良かったらもらって」
明日はきっと晴れるだろう。
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