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「…帰ったんじゃなかったの?」
驚きを隠そうと努めて冷静にそう言うと、佐伯はにっこり笑いながらこちらに近づいてきた。
「最近こればっか弾いてるよね」
そう言って私の座っているピアノ椅子の横まで来ると、鍵盤に触れた。
ポーンと高いA(アー)の音が響いた。
……長い指。
あまりにも自然に鍵盤に触れたその指を、私はまじまじと見つめてしまった。
「なんで同じ曲ばっかり弾いてんの?」
すぐ横にいる佐伯の声が降ってくる。
「……いいでしょ、別に。用事がないんなら早く帰りなさいよ」
ぶっきらぼうにそう返すと、意外な言葉が返ってきた。
「用事ならあるよ」
「何?」
「俺と勝負しよ」
「……はぁ?」
あまりにも唐突な物言いに、私は素っ頓狂な声を上げ彼の方を見上げた。
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