1: その男、真っ裸につき。

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「 海が珍しい… それとも、懐かしいの? 」 ────海の煌めき。  キラキラと色を変えていく青色に視界を奪われ、波打ち際に素足で立ち尽くしたまま暫くぼんやりとしてしまっていた。  声の主を見遣る。  私と同じ位…20代の前半といったところか、綺麗な顔立ちのスラリと背の高い女性が、大きなビニール袋を片手にこちらの様子を伺っている。  背中まで伸びた長い黒髪を潮風になびかせ、少し堅い表情のまま彼女は続けて話しかけて来た。 「『学生』…ではないみたいね。仕事の帰りなのかしら」 (…うっ、思い詰めた顔でもしちゃってたのかな ) 「 あはは、そうなんです。仕事帰りで。…実は私、去年まで他県に居たんですよ。でも小学校の半ばまではここらに住んでたから… 未だに海が懐かしく感じる時があって、考え事しながらぼーっとしちゃってました 」  どこか怪訝そうにも心配そうにも見えるその表情に私は慌てて取り繕った。 「 そう。…私には見慣れた景色、ね。 ずっと同じ環境に居ると、何もかも見慣れてウンザリしてきてしまうものなのかしら 」  一応納得してくれたのだろう、彼女は怪訝な表情を収めて海へと目をやりながら微かな苦笑を交えた。手元のビニールが風に撫でられてカサリと鳴る。 「 …でも、好きなんですね 」  ビニールの中には空のペットボトルや容器などが入っているようだ。恐らく拾い集めたのだろう。こういった清掃を日々行ってくれる人が居るから、この海は未だにこんなに綺麗で。 「私も海が好きだけど、ゴミを拾ってみようとか思った事ありませんでした。えっと…、お姉さんはよくここに清掃しに来るんですか?」 「 渡津(わたつ)よ。……そうね、気が向いた時にだけ。 でも海は嫌い。言ったでしょう、ウンザリしてるって。… さあ、“なまごみ” を増やすつもりじゃないならもうお家に帰りなさいな、お嬢ちゃん 」  キッパリと否定すると彼女は(きびす)を返す。やはり、入水でもしやしないかと思って声をかけて来たみたいだ。そのまま歩いて行ってしまう。 「お嬢ちゃん、って、私とっくに成人してますし…!篠崎(しのざき)です! 篠崎(しのざき) (まい)!」  慌てて背中に声をかけるけど、聞こえていないのか興味がないのか、彼女が振り返る事は無かった。
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