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思わず振り返る。
改札階への階段、地面から数段上のところに、女の人がいた。
僕は、びっくりする。
だって、知っている人だから。
僕と同じマンションのお姉さん。
スラリと高い背。茶色の髪はポニーテール。スカート姿は見たことがない。いつだってパンツ姿。今は、黒いスキニーに白いシャツ。それから、長いカーディガン。ベージュだけど、オレンジの不思議な模様が入っている。着流しているって感じ。それと、ブーツかな、茶色の靴。
勘だけど、僕の中では、お姉さんは二十代。
僕はこのお姉さんを知っている。帰ってくるときとか、休日に見かけることがあるから。
じゃあ、お姉さんは?
わからない。なんとなく、周りのことなんて意に介していないような空気をまとった人だから、僕のことは認識していないかもしれない。
「あんただよ、傘ないの?」
お姉さんが地面に降りる。僕と同じ高さに立っているはずなのに、お姉さんの方が高い。
しかも、あんた、という呼び方。会話をするのは初めてのはずなのに、随分と乱暴だ。
でも、お姉さんの雰囲気にぴったりで、不思議と怖くはなかった。
「ない、です。というか、電車に忘れました」
正直に言えば、お姉さんは笑った。
「そりゃあ、災難だね」
不思議と、バカにされている気はしない。
サアッと降る雨の音よりも優しい。
「荷物、絶対にぬらせないの?」
チラリと横目で僕を見て、お姉さんが問う。
僕のリュックはエナメル質。
「え、いや、そんなことはないですけど……」
「じゃあさ」
雨音にまじって、お姉さんが言った。
「一緒にぬれて帰ろっか」
「は、い……?」
お姉さんが笑う。
僕はかたまる。
ほら行くよ、とお姉さんが僕を追い抜いて振り返る。
まるで引き寄せられるように、僕の足が動く。
シトシトと降る雨の下へと。
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