雨傘のない雨の日

8/10
前へ
/10ページ
次へ
「雨、ですか?」 「そう、雨。この雨」 頬にはりついた前髪を、お姉さんが分ける。 「よく、空が泣いているなんて言うよね」 「ああ、そういう」 僕は考える。 「嫌なことの象徴、ですかね。雨ってそれだけで嫌だし、気分も暗くなるし」 「傘をさして防ぎたい、か?」 「そりゃそうでしょ」 誰だってぬれるのは嫌だ。 「じゃあ、想像して。あんたは大きな荷物を抱えてる。両手でだ。ダンボールみたいなのでいいや。背中にはリュックね」 「え……?」 突然なんだろう。 「で、雨が降っている。はい、問題。あんた、傘させる?」 「無理、ですかね。両手はふさがってるんですよね」 「はい、正解」 お姉さんは言った。 「そういうもんだよ」 なにが? 「生きていくってのは」 お姉さんはなんてことない軽い口調で、天気の話でもするような口調で、その実、その言葉は深かった。 「あたしらは、持てるだけめいっぱい抱えて生きてんだよ。大事なものとか、なくしたくないものとか、守りたいものとか。人間は欲深いから、抱えられるだけ抱えてる。だからさ、そっちを優先すんなら、傘はさせないって寸法。雨ざらしだ」 今と同じように? 「それでも人生、抱えたもん手放してでも傘さすべき瞬間もあるとは思うけど。そういうときに、手放したことを、なくしたことを後悔すんのはお門違いだよ」
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加