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「雨、ですか?」
「そう、雨。この雨」
頬にはりついた前髪を、お姉さんが分ける。
「よく、空が泣いているなんて言うよね」
「ああ、そういう」
僕は考える。
「嫌なことの象徴、ですかね。雨ってそれだけで嫌だし、気分も暗くなるし」
「傘をさして防ぎたい、か?」
「そりゃそうでしょ」
誰だってぬれるのは嫌だ。
「じゃあ、想像して。あんたは大きな荷物を抱えてる。両手でだ。ダンボールみたいなのでいいや。背中にはリュックね」
「え……?」
突然なんだろう。
「で、雨が降っている。はい、問題。あんた、傘させる?」
「無理、ですかね。両手はふさがってるんですよね」
「はい、正解」
お姉さんは言った。
「そういうもんだよ」
なにが?
「生きていくってのは」
お姉さんはなんてことない軽い口調で、天気の話でもするような口調で、その実、その言葉は深かった。
「あたしらは、持てるだけめいっぱい抱えて生きてんだよ。大事なものとか、なくしたくないものとか、守りたいものとか。人間は欲深いから、抱えられるだけ抱えてる。だからさ、そっちを優先すんなら、傘はさせないって寸法。雨ざらしだ」
今と同じように?
「それでも人生、抱えたもん手放してでも傘さすべき瞬間もあるとは思うけど。そういうときに、手放したことを、なくしたことを後悔すんのはお門違いだよ」
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