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決心したあの日からユリは密かに準備を始めた。
チャンスは一度きり。
外すわけにはいかない。
ユリは全てにおいて慎重に進めた。
それはつまり保にすら告げないということ。
そして、いよいよ決行日。
部屋を出る前に最後に窓の外を見る。
天気予報は晴れ。
予報通り雨が降らなければスーパームーンが出るだろう。
果たして今宵、全てを終えたときスーパームーンを満足げに見上げることが出来るだろうか。
いや、きっと、見る。
月は自分の味方をしてくれるだろう。
ユリは強くそう信じた。
万が一のことも考えてユリは簡単に自宅を整理すると勢いよく玄関のドアを開けた。
するとーーー
「ユリ、お前…」
目の前に保の姿があった。
「保…ど、どうしたのよ?なんか用?悪いけどまた今度にしてよ。ねっ?私、これから出掛けるところなんだよね。」
上手く言えただろうか。ユリは極力明るいトーンで保に告げた。
が、保は何かを察していたようで。
「お前さ、俺とお前の付き合い、どれだけ長いと思ってんの?お前の考えそうな事は大体、わ、か、る。」
保は心底呆れた顔でユリに告げた。
「な、なによ、勝手な事言わないで。ねぇ、私、ほんと急いでんのよ。そこ退いて。」
ユリは玄関の鍵をさっと掛けると保を無視して横をすり抜けて行こうとした。
が、出来なかった。
保がユリの腕をがっしりと掴んでいたからだ。
「ちょ、止めてってば。保っ、離してよっ。」
ユリはありったけの力で保の手を振りほどくと、マンションのエレベーターホールへとそのまま向かった。
これでいいのだと心の中で繰り返しながら。
すると後ろから、
「待てって、ユウダイっ!」
ユリを呼び止める保の声が廊下に響いた。
エレベーターのボタンを押そうとしていたユリの手が完全に止まった。
「ユウダイ…」
再び保の声がリフレインした。
ユウダイーーー
それはユリがまだ男だった頃の名前だった。
「フフッ…久しぶりよね。保がその名前を口にするの。」
ユリはくるりと体の向きを変えると、エレベーターホールから再び保の方へゆっくりと戻って来た。
「ああ、そうだな。ユウダイ、お前には内緒にしてたけど……やっぱり俺はユリって呼ぶよりユウダイって呼ぶ方がしっくりくる。」
保の真っ直ぐな言葉にユリは苦笑いをこぼすしかなかった。
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