_水無月

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 夕烏は神様がくれた子供なのだと、クリスチャンでもなんでもない陽子は、よく詩乃に楽しそうに話してくれた。  陽子にとっては、完全に父親に心当たりがなくできた子供らしい。妊娠したはずの頃は弟が早逝した後で、とても異性と付き合う気分ではなかったという。 「実際夕烏ってば、ほんとに天使なんだから! 妊娠した時はびっくりしたけど、まあそういうこともあるかー。って思ってねぇ~」  もしもその話が本当であるなら、処女懐胎に近い神秘だろう。確かに夕烏には詩乃も人ならぬ「力」を感じ、あながち嘘ではないのだろうと思っている。陽子は全く普通の人間で、そうした血統を感じないからだ。  娘と同い年の夕烏が四歳になった頃、詩乃は夫と娘からまた一度離されることになった。  夫は単身赴任で社員寮は女人禁制、娘は詩乃の家系に伝わる「力」の早期教育。それは詩乃の本意ではないが、そうしないと後々娘が困るのもわかる。家出した詩乃の娘であっても、跡取り目的でもなく、義務教育が始まる前に仕込んでくれようとしているのは両親の愛だ。  そうしたことを、理性ではわかっていても、間が悪く夫の単身赴任が重なり、詩乃の精神状態は昔に戻ったようにぐらつき始めた。娘への祝福――教会の結界を維持する信仰こそは変わらないが、突然夫と娘を失った過去が、何度もフラッシュバックするようになってしまった。  一人で眠っている時に、特に酷い不安に襲われる。誰かに悩みを話したくても、己の愚かさの真髄を語ろうとすれば、人ならぬ「力」で犯した罪に触れることになる。それを普通の人間に話すことはできなかった。
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