_直前

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 「神」の使徒に狙われていると言った悪魔は、それから一カ月もしない激しい雨の夜に、胸に大きな怪我を負って教会に転がり込んできた。  手当はこれ以上触るなと言われ、詩乃はベッドを貸すくらいしかできない。それだけで十分、と笑う悪魔は、まるで死期を悟ったような儚さで不安が込み上げてきた。 「近い内にもしもオレが消えても、多分ひょっこり戻ってくるから、詩乃サンは気長に待っててくれる?」  そもそも悪魔と契約した経緯を思ってか、自身の傷より詩乃の不安を気遣う悪魔。これを悪魔と呼ぶのであれば、詩乃など地獄の餓鬼より卑しいだろう。  悪魔は詩乃の実感を証明するかのように、己の窮状をあっさり総括する。 「ま、これが神の御心なら、仕方ないってやつか」  外では梅雨らしい長雨が続き、最後に見た月がもう思い出せない。  ここで悪魔のことを助けてほしいと、神に祈るのは違う気がした。その一線を越えてはいけないと悪魔も考えているかもしれない。だからこれ以上は、詩乃の助力を求めようとしない。  詩乃にはせめて、悪魔が望む身の振り方を手伝うくらいしかできない。自分の我が侭で引きとめることはできない。詩乃が神に逆らうことを望む相手ではないと、それだけを肝に銘じる。  ただ、雨の向こうにあるはずのいつかの月を想った。  ヒト喰いカラスの翼も見えない黒い夜が、やがて聖なる教会に訪れる。 -please turn over-
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