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 諦観で灰色だった悪魔の両目に、蒼い何かの感情が宿る。  悪魔自身もそれが何であるのかわからず、持て余している心。  この悪魔は存外に聖者で、自分で転んだことがない。他者に巻き込まれた災難はいくらでもあるが、自身の感情で起こした咎がほとんどないのだ。 「あんたはどうしたら、籠から出てくれる?」  だから彼は、その芽を白日にさらしたくなったのだろう。  人間に付け込み、孤高に生きてきたはずの悪魔は、いつしか望みを持って、ヒトに堕ちてしまったのだ。  独りは淋しい……あえて切り離してきた者達と、本当は共に生きていきたいのだと。 「オレと一緒に、この世界の外に行こう。あんたのホントの相方になれるのは、オレだけなんだから」  今まで悪魔が出会った相手は、悪魔と共に歩けない者ばかりだ。それを憂う心に向き合えないから、悪魔は一人でここに逃げ込んできた。  彼を憐れむように見ていた悪魔の目に、映っていたのはそのまま悪魔の姿だった。  直視できない心を、誤魔化して伝えたところで時間の無駄だ。  あえて直球で誘いをかけた彼に、悪魔はしばらく、無言で呼吸を呑み込んだ後―― 「……本気で言ってんの? ……それ」  心底呆れたような、嫌がる顔を浮かべたようでいて、悪魔の普段のものに戻った口調。  丁寧語という壁を乗り越えた彼は、くすりと、昏い微笑みをこらえることはできなかった。  振り返らせることさえできれば、後は当初の、彼の目的を果たせばいい。  もう扉は開いてしまったのだ。悪魔が自分でもわかっていなかった、ある大きな過ちによって。 *
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