_①

2/10
前へ
/175ページ
次へ
 「雨久花」を、「うきゅうか」でなく「みずあおい」と読むのだと教えられた時、日本語を真面目に学んでいた山科ツバメは、久しぶりに匙を投げたくなった。  それどころか、「みずあおい」は普通に「水葵」とも書き、あまつさえそれを「なぎ」とも読むらしい。最早違う世界の話でしかないと、辞書と会話を投げ出した異世界人の彼に、雨久花と同じ蒼の目を持つ同居人は、端整な顔でころころと笑ったものだった。 「ナギが来た時、それ言うなよ。その命名気に入ってんだから、あいつ」  わざわざいつ来るんだ、と彼はつっこみたくなった。彼と同居人が元いた世界と、更に相対する悪魔の世界にいる相手が、何故この平和な日本に来るのか意味がわからない。  同居人を元に造られたらしいその悪魔の姿は、同居人と全く同じ形をしている。違うのはナギの方は完全に女性型という点だが、同居人がそもそも女に見える美形で華奢な青年なので、彼にはやはりよくわからない。  思えばその頃、同居人は既に、彼の異変に気付いていたのかもしれない。「雨」の象意を持つ化生の彼を、補佐できる力の持ち主が「雨久花(みずあおい)」――水葵(なぎ)という悪魔なのだ。  その悪魔を、同居人が呼び立てすること。それは彼に命を分けて生かしている同居人が、一人では彼を支え切れなくなったことを意味し……。 「オレのことは……忘れていいからさ? ツバメ」  それがおそらく、これまでの同居人の最期の笑顔になったことを、眠れる今の彼は知る由もない。 *
/175ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加