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「雨久花」を、「うきゅうか」でなく「みずあおい」と読むのだと教えられた時、日本語を真面目に学んでいた山科ツバメは、久しぶりに匙を投げたくなった。
それどころか、「みずあおい」は普通に「水葵」とも書き、あまつさえそれを「なぎ」とも読むらしい。最早違う世界の話でしかないと、辞書と会話を投げ出した異世界人の彼に、雨久花と同じ蒼の目を持つ同居人は、端整な顔でころころと笑ったものだった。
「ナギが来た時、それ言うなよ。その命名気に入ってんだから、あいつ」
わざわざいつ来るんだ、と彼はつっこみたくなった。彼と同居人が元いた世界と、更に相対する悪魔の世界にいる相手が、何故この平和な日本に来るのか意味がわからない。
同居人を元に造られたらしいその悪魔の姿は、同居人と全く同じ形をしている。違うのはナギの方は完全に女性型という点だが、同居人がそもそも女に見える美形で華奢な青年なので、彼にはやはりよくわからない。
思えばその頃、同居人は既に、彼の異変に気付いていたのかもしれない。「雨」の象意を持つ化生の彼を、補佐できる力の持ち主が「雨久花」――水葵という悪魔なのだ。
その悪魔を、同居人が呼び立てすること。それは彼に命を分けて生かしている同居人が、一人では彼を支え切れなくなったことを意味し……。
「オレのことは……忘れていいからさ? ツバメ」
それがおそらく、これまでの同居人の最期の笑顔になったことを、眠れる今の彼は知る由もない。
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