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そうしたいくつかの違和感だけで、何かの運命のねじれを察したらしい汐音の、声にならない悲鳴を「ツバメ」はきいた気がした。
まいったね、と。汐音が不意に、狭いアパートの中央から、入り口の方に振り返り、困ったような微笑みを浮かべる。
「『時雨』って名前……伊達じゃないなあ、ホント……」
「?」
その汐音の発言にも、大きく首を傾げる水葵に、更に汐音は納得がいったように顔を伏せる。
汐音の目に一瞬映っていたのは、入り口前のキッチンに逆さまに吊るされた、谷空木という植物のドライフラワーだった。以前に汐音が気に入って吊るした花だ。
それをこの状況でちらりと見たのは偶然なのだろうが、眠るツバメには何故か最大に引っかかる一時だった。
どうしてそれが引っかかるのかもわからず、遠くなってきた燕雨の意識から急速に何かが零れ落ちていく。
意識を保つ力すら消えていくのが、何故なのかわからない。汐音が完全に、燕雨に渡す「力」を遮断したとしか思えないが、そのせいで、それからの二人の会話は途切れ途切れにしか聞こえなかった。
「つまりさ。燕雨がツバメな世界に、『時雨』はいるんだよ」
「燕雨は神隠しにあってない。でも、ツバメはあってるんだ」
「『時雨』はツバメしか動かせないから、もうここにはきっといないよ」
水葵は要領を得ないようではあるが、ずっと真剣に聞いている。
燕雨が山科家に養子に行く前の名前、「シグレ」をどうして汐音が連呼するのか、それも燕雨にはわからなくなってしまった。
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