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きっとそれは、橘「水葵」が現れた時点で、定まってしまった「ツバメ」の末路だった。
「世界」とは、それを観る者次第で変容すると、侵蝕する闇の中で誰かが嗤った。
このままツバメは、水底に消えゆく雨久花のように、己が意識を沈ませていくのだろう。
橘水葵が、橘と名乗っている理由を、「燕雨」は思い出した。
水葵は元々、数多の翼を持つ悪魔が大きな治療を受けた代価として、橘診療所に嫌々貸し出されていた。そこで働くよりも燕雨に手を貸す約束で、燕雨の母と水葵が協定を交わしたのだ。水葵と釣り合いがとれる人外生物が燕雨の母だからだ。
だから今回も燕雨の力となるために、水葵はここにやってきたわけで――
しかしそれも、その悪魔には意外な展開であるようだった。
「まあ、助かったよ。ナギが最初から、燕雨を助けてくれるつもりで」
彼女には他に大事な役目があるのに、どう説得しようかと思っていたと悪魔は言う。様々な記憶の何もかもが交差し、混沌の渦に飲み込まれていくのを、最早燕雨はどうすることもできなかった。
「悪いけど、オレだと燕雨の力にはなれない。『燕雨』は吸血鬼じゃないし、それに――……」
どうしてなのか、燕雨にはもう、その悪魔の名前も思い出せなかった。
「ここにはきっと……『時雨』も『オレ』も、いないはずだから」
泣いていそうな声だ、と彼は思った。
辛いのはその罅割れだらけの心に、悪魔自身が気付いていないこと……それを教えてやれることはないまま、彼の意識は完全に闇に落ちたのだった。
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