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 妹を助けた少し後から、実際は三年、紫雨は行方不明になっていた。家族にも鶫にも死んだものと思われており、紫雨自身、死を覚悟した三年間だった。  そもそも本当に、紫雨は軟弱だったのだ。妹だって救出の一番の功労者は父で、瀕死の紫雨を救ったのは、妹の居場所に関わっていた翼の悪魔だ。その借りを返すために、紫雨は強くならなければいけなかった。その悪魔がくれた「力」の翼を、使いこなせるようになるために修行した三年だと言える。  今から思えば、師も悪魔も、どうして紫雨にそこまでしてくれたのだろう。師と悪魔はそもそも旧い仲間らしく、山科家に行けと勧めたのも悪魔だ。  雨の多い日本の季節柄か、ややじめじめとした布団の上で、そろそろ起きなければと思いながら、燕雨の頭にはそんな記憶が巡っていた。  誰かが燕雨を、静かに起こそうとする声が聴こえる。別に必須事項ではないので、のんびりしている燕雨が、誰かは不満であるらしい。いつもの見送りをしてほしいのだろうと、燕雨も胡乱な夢を振り払おうと試みる。  長い使命だった妹を助けた後となっては、紫雨も特別家に帰る理由はなく、鶫に会いたい一心で悪魔の元を離れた。それから五年以上、山科燕雨として穏やかな時間を過ごし、師の目を盗んで鶫と触れ合ったことも度々ある。  毎日、明日も今日と変わらない朝が来ると、彼は信じていなかった。こうして異世界までやってきたように、いつまた離れても後悔のないように、鶫の温もりは全身で覚えており――
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