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 一度起きてしまうと、睡眠時間が足りていなくても、早い内から仕事を探しに行こうと思うのが燕雨の常だ。じきに故郷に帰るつもりなら、そこまで仕事に拘る必要もないかもしれないが、お金が余れば妹に渡していくこともできるだろう。  そんなことを考えて、開けっ放しだったアパートの鍵をかけようと階段を上がり始めたところで、思わぬ声が道の方からかかった。 「よっ。流惟(るい)から連絡取れないって文句来たんだけど、ちゃんと元気そーじゃん?」 「ほら。だから来るだけ無駄だって、あれほど言ったのに」 「――あ」  振り返ると、二人の顔見知りの男女が塀の前に立っていた。燕雨にとっては、ややこしい縁戚の二人だ。  へらへらと手を振る金髪の男は、元は橘診療所の祖母の甥で、燕雨の母の流惟には従兄にあたる。生粋の悪魔なので見た目は燕雨と同年代に若く、好む服装はライダース系と日本では言うらしい。  隣で不機嫌そうにするセミロングの黒髪の女は、男の連れ合いだ。幅広の黒い縦襟のツーピースで、黒ずくめと地味な姿を、丈の短いスカートからのぞく生足の華やかさで相殺している。  二人共、昔から変わらない姿で、燕雨を可愛がってくれた。よくこちらの世界に来ているのは知っていたが、こうして出くわしたのは初めてだった。 「何で……(けい)鴉夜(あや)が、わざわざ……」  口にしながら、どうしてか、彼は唐突に涙が出てきそうになった。  異境で思わぬ懐かしい人に出会えた、そんな感傷どころではない。当り前のように、二人が彼に会いに来て、気の置けない間柄として言葉をかわすこと。そんな「今」が、何故かひどく胸苦しかった。
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