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 おかしな胸の痛みのせいで、言葉に詰まった燕雨を見上げて笑いかけながら、炯が階段を上がり始めた。 「あれ、オマエ最近、ミサキの首輪はつけてないん? こっちの世界もヘンな奴はしっかりいるから、あんまし油断しない方がいいぜ?」 「あ……うん。そういえば……うん」  元の世界では、燕雨は大体棘つきの黒いチョーカーを身に着けていた。人外生物への視力を上げるそのアイテムは、こちらにも持ってきているが、あまりの平和さにほとんど放ったらかしにしており、毎日着けるのは腕の黒いバンダナと蝶のペンダントくらいだ。  鴉夜も炯に続き、これは二人共、部屋に来る気が満々だと見えた。燕雨は朝の仕事を諦めて、アパートの扉をそのまま開ける。 「借りた部屋の掃除はちゃんとしてるの? 退去する時に荒れた状態だと、修繕費にもお金がかかるわよ」 「えっ、そうなのか。知らなかった、ありがと」 「借りる時に説明されたでしょ? そもそも、貴方が部屋を借りられたのがびっくりなんだけど」  鴉夜が(いぶか)しむように、燕雨は賃貸住宅が借りられるような、この世界での戸籍を持っていない。手続きも燕雨がしたのではなく、燕雨に翼をくれた悪魔が全てやってくれた。 「……俺は、何も知らなくって」  全てはそう、翼の悪魔が調整してくれたはずだ。この世界に燕雨が住めるようにして、手下である水葵をここに派遣し、燕雨の助力をさせることも。  燕雨一人では何もできない。当然のような顔で過ごしている日常生活は、燕雨以外の誰かが、お膳立てをしたものなのだ。
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