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 完全な不意打ち訪問だったので、狭いワンルームを占める敷きっぱなしの二つの布団を見て、炯が笑い、鴉夜が苦い顔をする。 「向こうの御所では貴方もしっかり生活してたでしょ。こっちでこそ、さぼっちゃだめよ」 「うん……ごめん」 「まーまー。布団が一つじゃないだけ、いいっていうかさ。ていうかこれ、オマエの趣味?」  入り口前の台所で、逆さにつってあるドライフラワーを、炯が面白げに見つめる。最低限の生活用品以外何もない部屋で、その乾いた花だけは、確かに意外な存在感があった。 「紫雨も水葵も、こっち方面は全然だろ。生活の彩りとかインテリアとか、ほんとイメージないもんなあ、オマエら」  炯は燕雨を紫雨と、旧い名前のままで呼ぶ。対して炯は、(うつぎ)炯と、燕雨が紫雨だった頃の姓を継いで名乗っている。  棯の姓に関わる「怠惰」な悪魔で、遊び心しかないと評しても過言でない炯は、花がほとんど落ちてしまった味気ない谷空木を、妙に面白げに観察していた。 「紫雨の発想じゃないよな、多分。女の匂いがするんだけどなー」 「……ちょっと。別にそんなの、そこまでつっかかることじゃないでしょ」  いつも通り、にこにことしている炯だが、その谷空木に目を留めずにいられない違和感を持ったのは、燕雨にもよく伝わってきた。  見た目は鴉夜の方が鋭そうだが、炯は魔界の昼行燈と異名をとる曲者だ。先刻の言葉通りに、それを作った女が別にいて、燕雨が連れ込んでいるというニュアンスではなさそうだった。
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