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 生粋の悪魔である炯が口にした、人間という生き物の内に在る悪魔。それは何処かで、彼も耳にしたことのはずだった。 ――おまえはまあ、わりとよくある、普通の悪魔だから。  その時の苦労を「彼」は覚えている。人間などの悪魔を狩っても、それは非効率なのだと、さる悪魔の処刑人もわかっていた。 ――こんな暇人な、悪魔狩りとか。オレ達みたいなのでないとやんないしねぇ。  そもそも彼が、猫の虐待者なんて人間のことが気になったのも、その処刑人がつい最近の夜、とても嫌そうに野良猫の死体を山地に弔っていたからだ。  珍しく強い嫌悪の感情を見せていた相手に、邪魔者の排除をあまり迷ったことのない彼は、そんなに腹立たしいなら狩りにいけばいい、と軽く言った。するといつにない痛ましい雰囲気で、相手は呟いていた。 「嫌いだけどね、自分の軋みを別に向ける奴はね。そういう奴は、この世の法で裁かれて、この世を変えていくべきなんだよ」  それはおそらく、鴉夜が言うことと同じだ。人間でない彼らは、人間の世界に大きく干渉してはいけないのだ。彼らが無理に人間の内の悪魔を狩れば、悪魔を奪われた人間が痛く弱るのも何故かわかっていた。大抵の人間の内には、必要だからこそ、悪魔が存在しているのだ。  無力だ、と彼は思った。目前で耐えている相手の辛さを、今すぐ解決してはいけないらしい。それは彼には酷く居心地の悪いことだった。  周りに良い手向けの花が生えていなかったので、一度帰って、家にある花を持って来てやろう。そう言って彼らが安アパートに向かっていたら、急な雨が降り出してきた。  それからのことを、彼は覚えていない。けれど、あのドライフラワーを作ったのは、間違いなくその相手だろう。  何かがおかしく、ずれてしまった日常。  その後の炯と鴉夜の話を聞き流しながら、燕雨はもう一度、ぽつりと残る乾いた葬式花を見上げた。
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